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『ローカヤソ(人々との対話)』誌の編集長と地元で住民運動を組織しているシリパド氏である。
彼らとはたびたび会って、資料収集や現地調査に協力してもらっている。
一九九〇年の秋、人権問題に関するスリランカにおける国際会議で同席したとき、ナルマダ水系開発への追加融資について、日本政府に実状を訴えに行く、といっていた。
地域住民の声を、日本政府や納税者に聞いてもらいたい、というのである。
私も少しはお手伝いしなければ、と重い腰を上げることにした。
一九九一年五月三〇日一時から龍谷大学で、ナルマダ開発のビデオを観るとともに、SさんとTさん(地球の友)の講演を聴く会を開いた。
そのあと、三時から六時半まで研究者を中心に、開発と環境との対立をめぐるセミナーをおこなった。
「ナルマダを救う会」の二人に加えて、ドイツのNGO「世界と連帯する行動」からヴァイセン、アメリカのNGO「環境防衛基金」からユダール、カナダのNGOからライダー(アジア担当)の三氏がセミナーに出席し、欧米の環境運動を紹介してくれた。
インドでも欧米でも、環境保全派にとって日本のイメージは悪い。
経済開発のチャンピオンであり、環境破壊の推進派である、と見られているそうである。
しかし、今回のシンポジウム参加者が関係官庁や海外経済協力基金と話しあったところ、大蔵省は別だったがそれ以外は環境問題に対する関心が予期した以上に高いので認識を新たにしたという。
日本政府の態度に関する彼らの理解が的外れでないことを願い、今後の政策転換に期待したい。
セミナーの話題は、ナルマダ開発にとどまらず、チャオプラヤー水系(タイ)のダム開発などとの比較におよび、尽きることがなかった。
「現在の大学教育や研究は、ナルマダ開発のような問題に対して取り組む学問的な用意がない。
学外の市民グループの調査能力を高める必要がある」と龍谷大学のTさんが説き、参加者の共感を得ていた。
七時から近くの食堂に場所を移して、二〇人余りが議論を続けた。
京都の町は建物が低く、どこからでも山が見える。
東京から来ると、気持ちが安らぐ、開発の限度を教えてくれる町だ、と海外からの出席者は異口同音にいう。
京都の住民に対する、お世辞も込められているのだろう。
夜景を観たいという声にうながされ、九時ごろから伏見稲荷の裏山へ散策に出た。
京都盆地を巡る山や丘には、神社仏閣の宗教施設が鎮座し、開発の防波堤になっている。
開発と環境の境界線でもある。
Sさんだけ私の家に泊まってもらい深夜まで話した。
開発と環境の境界が定かでない場合、少しずつ進む道を選ぶ。
巨大なダムより、小さな溜池群を造る。
巨大なビルより、小さな建物にこだわる。
貯水池の規模を少し大きくしたり、建物を二階建てから三階建てに改造して、その影響を調べてみる。
開発の余地があれば、また半歩進む。
この方法を採ると、巨大ダムや1〇〇階建てのビル建設まで、何百年もかかるかもしれない。
何百年待っても建てられないかもしれない。
インドでも日本でも近代の高度成長に別れを告げ、過剰開発の危機に備える時代が始まるだろう。
このようなことを二人で語り明かした。
まだ若くて元気だった一九六〇年代、私は六ヵ月に一度の割合で献血をしていた。
日本では一度に二〇〇CCを献血していだが、スリランカやインドでは一度に五四〇CCだった。
この献血を通じて、私は多くのことを学んだ。
インド亜大陸では、人口のほぼ九割がB型である。
私もB型であり、輸血用に好都合だった。
日本人の場合と違って、A型、AB型と○型が極端に少ないので、血液型で性格を判断するインド人はいない。
血液型による性格判断が流行する日本と、まったく関心を持たない南アジアとの違いにも、それなりの生理的根拠があることがわかった。
最大の収穫は、献血と売血の違いである。
一九六七年の初め、誰が知らせたのか献血をする奇特な日本人の美談として取り上げたい、と放送局がいってきた。
当時、南インドの農村経済調査をしていた私は、タミル語の通訳を引き受けてくれたBさん(マドラス大学の大学院生)と、血液価格の経済学的な意味について、長い議論をしていた。
この議論を手がかりにして、帰国後『共同体の経済構造』(新評論)をまとめた。
それほど、農村調査そのものよりも、血液価格の議論に熱中していたのである。
さっそく応用問題だと考え、放送記者にたずねてみた。
『次回から献血をやめ、売血に代えようと思います。
それでも番組に取り上げてくれますか』即答はしかねるというのでしばらく待った。
数日後、「血を売る人の話は美談にならないので、番組では扱わないことにします」という返事がきた。
[献血しようと売血しようと、私の血液は輸血を必要とする患者さんにとっては、同じように役立つはずでしょう]といってみたが取りあってもらえなかった。
献血は美談だが、売血はスキャンダルだというのである。
定期的に献血していたBさんにこの話をすると、血液は金持ちでも貧乏人でも、自分の身体に必要なだけしかない。
余分にある金品を寄付する慈善とは違う。
いくら働いても作れないし、売るために作ることもできない。
過剰に採血すれば、生命に危険である。
そんなものに価格をつけるのは間違っている。
無理な売買だからスキャンダルになる」という。
彼は大学院を卒業したあと、弁護士になり、医師と結婚した。
身近に適量の採血をしてくれる人がいるので、心臓病で入院するまで献血を続けていた。
一九八九年夏にB宅を訪ねた。
やつれた顔の夫人が出てきて、「私の病院で治療していましたが、一ヵ月前に狭心症で死去しました。
農村調査の思い出や日本へ行ってNさんとした議論を、何度も病床で話していました」という。
これからも議論を続けられると思っていた友人が、急に亡くなった。
いいようもない淋しさのため、私は声を失ってしまった。
ひそかに「Bの商品化三原則」と名づけていたものを、これからは独りで、突きつめて考えなければならない。
働いて作れるものなら、価格をつけて売ってもよい。
売るために作ったものなら、価格をつけて市場に出してもよい。
生命の維持と再生産に危険でなければ、価格をつけて売ってもよい。
日本国内では、血液売買は許されない。
B三原則は、私が勝手に命名したにすぎないが国内的には守られるようになったのである。
しかし一九八〇年代には日本は匪界の血液市場から、約三割を買い占める、最大の血液輸入国であった。
近年、血清肝炎やエイズが輸入血液を媒介にしていることが判明し、輸入量はやや減少しているものの、国外的にはB三原則を破っている。
国際的に、ダブル・スタンダード(二重基準)と呼ばれても、反論できない現状である。
他方、Bさんが夫人の病院に入退院をくり返していたころ、マドラスはインドにおける臓器売買のセンターと化しつつあった。
インド国内でのB原則は、彼の病気の重篤化と時期を同じくして、守られなくなっていったのである。
臓器移植とその価格日本国内には、腎臓移植を希望する慢性腎不全の患者が、約三万人いる。
しかし、腎バンクの登録者は約二七万人にすぎない。
このうち過去一〇年間に、死後の腎臓提供者となったのは、わずか七名である。
日本における臓器提供者の絶対的不足に注目したのが、海外腎臓移植研究所(大阪市)である。
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